外資系コンサルタントの僕が彼女と一緒にプロジェクト・マネジメントを学ぶブログ

プロジェクト・マネジメントは主にビジネスの現場で用いられる概念ですが、このブログではその概念を彼女とのあれこれ(デート・旅行・2人暮らしなど)に適用する様子を紹介します。

「プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」にはどのような関係があるのかな?

私も学部生の頃は経済学を専攻していたので、「資本主義」について勉強したいと思いました。そんなときに出会ったのが「新書で名著をモノにする」シリーズの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』です。

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いっちょコイツの感想とやらを書いてみますかね。

まず、本書で定義される「資本主義」を簡単に定義すると、以下のようになるでしょう。

貨幣を運用して更なる貨幣を得ること自体が目的となっている経済活動であり、儲けた貨幣で贅沢をしたり、快楽を享受したり、誰かに寄進したりするようなことがないこと。

それでもってマックス・ウェーバーによれば、「資本主義の精神」(資本主義そのものではない)が登場した経緯は以下の通りです。

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  1. ルターによる宗教改革とそれに伴う聖書の各国語への翻訳を通じて、「職業」が神から与えられた「天職」であるという概念がプロテスタンティズムの中に生まれた。(「職業」を意味するドイツ語の"Beruf"は英語では"Calling"、すなわち「神からの呼び出し」を意味します。)

  2. このルターの「天職」の概念を更に徹底的に推し進めたのがカルヴァンが説いた「予定説」であった。

  3. 予定説とは「救われる者は既に神によって決定されており、現世でどれだけ善行を積んでも救われるかどうかは救済とは無関係」という概念であり、「神を信じ善行を積めば救われる」というカトリックの見解とは一線を画するものである。

  4. 善行を積んだかどうかに関わらず既に救済されるかどうか決まっているとしたら、当然ながら信徒たちは「自分が救われているか?」という不安を抱くようになる。この不安を解消するための手段の1つこそが「労働」であった。

  5. 労働によって不安を紛らわすことができれば、「救いの確証」を得ることができる。しかもこの世のすべての事象が神の働きによるものだとしたら、労働の結果得られる利益は「神の意志」ということである。

  6. 禁欲主義のピューリタン(イギリスのカルヴァン派)たちは得られた利益で贅沢することはせず、利潤の適切な管理・運用こそ「神の栄光の増大」と考え更なる利潤を追求した。

こうして資本主義の精神が登場した。

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ここまでの解説は結構わかりやすかったが、ユダヤ人と資本主義の関係に議論が及ぶと途端に意味不明となってしまいました。(汗)

ヴェニスの商人」(シェイクスピア)のシャイロックや「金(かね)」(ゾラ)のグンデルマンに代表されるユダヤ人たちは、民族の辛い歴史と社会からの阻害を憎み、ニーチェの言うルサンチマン(怨念)によって貨幣経済の一翼を担っていたことは有名です。

それはそうとして、それとプロテスタンティズムの精神がどのように関係するのかということは、本書を読んでも(僕の脳みそでは)理解できませんでした。

そんなわけで、もうちょっと易しい本から勉強し直そうと思います。(笑)

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【最後に】

この本は専門用語が解説無しでバンバン出てくるので、バックグラウンドの知識がない人が読むのは相当に困難でしょう。「これくらい知ってるよね?」と言わんばかりに哲学の用語やら歴史上の出来事やら人物やらが突然出てきます。そういう意味で、門外漢には不親切な書籍です。(新書なのに〜!!)

更にダメ出しするとすると、「自分、頭いいですから」みたいな文章の書き方(必要のないところで難しい言い回しを使ってみたり、文中に補語句が異常に多かったり)ですので、読者にとってはついていくのが大変です。

文章を書く目的は「読者に分かってもらうこと」ということを著者は見失っているようで、テーマが興味深いだけに非常に残念です。(理解できない僕が悪いと言われれば、まぁその通りなのかもしれませんが…。。)

とはいえなかなか面白い本なので、ぜひチャレンジしてみてください!

 

 

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