外資系コンサルタントの僕が彼女と一緒にプロジェクト・マネジメントを学ぶブログ

プロジェクト・マネジメントは主にビジネスの現場で用いられる概念ですが、このブログではその概念を彼女とのあれこれ(デート・旅行・2人暮らしなど)に適用する様子を紹介します。

驚愕だね!2050年の技術への期待が膨らみまくる件

経営コンサルは、実は技術(テクノロジー)と切っても切り離せない職業の1つ。

新しいことにチャレンジしようと思ったら「それを実現するための技術はあるか?」っていう議論になり、新しい技術が生まれたら「これってどうやったら業務に活かせる?」っていう議論になる。

そんなわけだから、最新のテクノロジーに関する情報はできるだけ入手しようと思ってる。そんなわけで書店で偶然発見したこの本を衝動買い。

 

2050年の技術-英『エコノミスト』誌は予測する

f:id:LadyMama:20170503220422j:plain

 

この本、めっちゃ面白いぃぃぃ!結構ぶ厚いので読み終えるのに1週間くらいかかるかなと思ったけど、3日で読破。

技術(テクノロジー)やITに何らかの関わりがある職業に就いている人、もしくは少しでも興味がある人には是非手にとってもらいたい。各章ごとに章の論旨をまとめたページがあるのも、読者を意識した親切として粋な計らい。

 

 
〜 本の感想 〜

 

① 未来を予想するための3つのツール

本書は、2050年の未来の技術の様相を予想するため、以下の3つのツールを利用しているという。

  • 過去を振り返る
    電報やカメラがそうであったように、新しい技術にはプライバシーや倫理の問題がつきまとう。これは今後生まれてくる技術にも同様である。

  • 現在の限界的事例を観察する
    日本の女子高生が多機能ガラケーを使っていた頃、欧米の携帯電話は電話・Eメール・ショートメールなどの機能しか備えていなかった。日本の女子高生が使用していた多機能ガラケーは、昨今のスマートフォンの出現を予言していた。

  • SF(サイエンス・フィクション)から着想を得る
    SFから研究の着想を得ている科学技術者は大勢いる。言い換えれば、SFで描かれた世界が技術の将来を方向づけている。

これらツールを用いた考察は非常に示唆に富む。

現在、電報やカメラがプライバシーや倫理の問題を巻き起こしていると考えている人は少なく、カメラは一般人の趣味としても広く普及している。(でも、盗撮はやめましょう。)

つまり未来の技術においても、その時々でプライバシーや倫理の問題で世論が盛り上がるかもしれないが、いずれその議論は下火になってしまうことが予想できる。

それからガラケーが盛り上がった頃と同時期、日本国内においては「技術のガラパゴス化」という議論が盛り上がっていた。グローバルスタンダードではない技術進歩では金が稼げないから、もっと世界に売り込める技術を開発しなければならないという論調だった。

しかし今は、あのガラパゴス化がもっと進んでくれていればよかったと思う人は多いだろう。もしかしたら日本のガラケーの子孫が、今のiPhoneにとってかわっていたかもしれないのだから。つまり、盛り上がりが地理的に限定的であっても、技術はどんどん発展させていいのだ。

② デジタル革命は生産性を向上させるか

世の中が便利になったのは認めるけど、それによって労働時間は減ったのか?

答えは皆さんがご存知の通りだが、ではデジタル革命は労働者に恩恵をもたらさないのだろうか。

本書はかつての技術革命(クルマ・電気・水道など)が労働生産性を向上させたのは、その技術が確立されてからかなり後からだったと指摘している。要は、正しい用途が発見され実践されるまでには時間がかかるということだ。

つまり、僕の労働時間が減るのも時間の問題ってこと?

※ ちなみに本書の後半では、「テクノロジー過多」というキーワードのもと、絶えずかかってくる電話や送られてくるメールにより仕事が中断されら創造や思考などの人間らしい労働の生産性を押し下げていると指摘している。確かに、電話とメールをシカトすれば仕事って結構はかどるかもね!

③ Judgement Day(審判の日)は来るか

テクノロジー(この場合はAI)が人間の知能を超え、人類の存在を脅かす存在となるか。AIが人類を超える地点は特異点(シンギュラリティ)と呼ばれ、これをテーマにした映画がターミネーターであり、映画ではこの特異点を"Judgement Day"と表現した。

本によれば、特異点を恐怖する必要はないとのこと。その前に人間が技術の使い方を誤り人間が滅亡するリスク(核戦争など)を気にしたほうがよろしいとのこと。

確かに、今の世界情勢を見ていると特異点の到達よりも第三次(第三次)世界大戦の勃発のほうが早そうだ。。。

占星術などは科学と無関係なのか

僕自身は占星術とか信じてない。

でもこの本がアーサー・C・クラークの「十分に進歩した技術は魔術と見分けがつかない」という発言を引用しているのであれば、クラークの傑作である「幼年期の終わり」の一節も引用して欲しかったと思う。

心には力がある。心を超えた力もある。きみたちの科学の枠組みに当てはめようとすれば、科学そのものが完全に崩壊してしまうような力だ。古代から現代に至るまで、不思議な事象は数え切れないほど報告されてきた。ポルターガイスト、テレパシー、予知。きみたちはそれに名前を与えはしたものの、説明は与えなかった、五千年分の証拠が積み上げられているというのに、科学ははじめそれらを無視した。その存在ごと否定した。しかし、それらは存在する。念のために言い添えておけば、宇宙のあらゆる理論がその存在を裏付けるはずだ。

出展:幼年期の終わり 
アーサー・C・クラーク 著(池田 真理子 訳)

何が言いたいのかというと、SF作家の中には、著書の中で科学を否定しているケースもあるんですよっていうこと。(しかも、その人の発言をこの本のこの趣旨で引用するとは、著者も迂闊だ。)ただ、それだけ。

幼年期の終わり」も面白いよー!

f:id:LadyMama:20170503220433j:plain

- - - - - - - - - - 

さて、もっともっとこの本については書きたいことが山ほどあるけど、今日のところはこのへんで。また機会があれば、他で気になった部分も紹介していきたいと思う。

趣味のカメラ練習記、「一眼レフ初心者がPentaxに心中するブログ」も運営しています。